⏱ 読了目安:約3分
「残高がゼロになった。その瞬間、俺はようやく自由になれたんだ。」
「金がない自分には、一ミリの価値もない」——本気でそう思っていた。
社長時代、俺にとって通帳の数字は、俺自身の「戦闘力」そのものだった。高い時計、派手な会食、高級車。それらが自分の正しさを証明してくれる鎧(よろい)だったんだ。だが、会社が傾き、その鎧が剥がれ落ちて無一文になったとき、俺を待っていたのは絶望……ではなく、驚くほどの静寂と、確かな「手応え」だった。
いくら稼いでも満たされなかった心が、なぜ何もなくなった今、こんなにも澄み渡っているのか。その理由について話そう。

こんな人に読んでほしい
- 「もっと稼がないと」という強迫観念で、心が休まらない人
- 自分の年収や肩書きを、他人の成功と比較して落ち込んでいる人
- お金を稼ぐことの「本当の意味」を見失いかけている人
この記事で伝えたいこと
- お金は「目的」ではなく、価値を交換するための「手段」に過ぎない
- すべてを失っても残る「経験・スキル・縁」こそが真の資産である
- 「いくらあるか」より「どう使うか」に、その人の人間性が宿る
1. 金で買った「つながり」の脆さと、残ったものの正体
羽振りが良かった頃、俺の周りには常に人が溢れていた。だが、会社を畳み、一文無しになった途端、彼らの大半は蜘蛛の子を散らすように去っていった。かつての俺なら「恩知らずめ」と恨んだだろう。だが、どん底の俺に「飯でも食おうぜ」と声をかけてくれた数少ない連中の顔を見たとき、目が覚めたんだ。
俺が守るべきだったのは、見栄を張るための資金繰りではなく、こうした「損得抜きで笑い合える縁」だった。通帳の数字は消えても、俺の中に積み上がった「人を動かした経験」と、この「数人の仲間」は誰にも奪えない。それこそが、再出発のための最強の軍資金だったんだ。
2. 比べないことで気づいた「足元にある豊かさ」
営業の世界にいると、どうしても「誰より稼いでいるか」が唯一の物差しになりがちだ。俺もタワマンの階数や売上の桁で人を判断していた時期がある。だが、無一文になってコンビニの100円のコーヒーを飲んだとき、かつて数万円のシャンパンを飲んでいた時よりも深く、その味を「美味い」と感じている自分に驚いた。
幸せの閾値(しきいち)が下がったんじゃない。他人の物差しを捨てて、自分の五感で今を味わえるようになったんだ。「豊かさ」とは、外側にある数字を増やすことではなく、自分の内側にある「感じる力」を耕すことだったんだ。
3. それでも前に進む理由
もちろん、綺麗事だけじゃ飯は食えない。内側には「また稼がなきゃ」という焦りもある。でも、今の俺は以前の「数字の奴隷」だった俺とは違う。金を「自分の価値を埋めるための道具」としてではなく、「誰かを喜ばせた対価」として真っ当に稼ぎたいと思っている。
足元の一歩は重いかもしれない。けれど、余計な鎧を脱ぎ捨てた分、心は驚くほど軽い。稼ぐことの呪縛から逃れた俺は、今、人生で一番「豊か」な場所に立っている。
まとめ
- 通帳の数字は、あなたの「存在価値」とは一切関係ない
- 本当の資産とは、何もない状況でも「明日を創れる力」のことだ
- 他人の物差しを捨てた瞬間、目の前の景色は「豊かさ」に満ち始める
次回予告
vol.196『“逃げる”ことが最善の戦略になる時——撤退という名の勇気ある決断』
次回は、多くの日本人が苦手とする「損切り」について。ボロボロになるまで戦い続けることが美徳とされがちな世界で、あえて「白旗を揚げる」ことが、どれほど未来を救うのか。元社長が地獄の縁で決断した、戦略的撤退の真実を語ります。
おまけ・SNS連携
更新情報はX(旧Twitter)でも発信中!
@Okin_san_
元社長のリアル再出発ストーリーをお届けします
